道新マンガコラム

光る風山上たつひこ作

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(2000年11月24日付け道新夕刊)第7回目 漫壇 ただ今貸出中
   もう一つの戦後日本像?
 自分史に取り組む高齢者の共通の思いとして、戦争の急激な風化に対する危機感があるという。戦後生まれの店主だが、今回は戦争について考えさせられるマンガを取り上げる。
 山上たつひこは、一世を風靡(ふうび)したギャグマンガ「がきデカ」で知られるが、それ以前はシリアスなSF作品などを描いていた。本作も戦争の狂気を告発する社会派近未来SFマンガの傑作だ。
 高校生たちと先生が、一般人の上陸が禁止されている出島にやってきて、特務警察に発見され、先生は服役、生徒たちは停学となるところから始まる。この出島は人工の島で、藻池村で大量発生した原因不明の奇病患者と奇形児を移住させるために、政府が建設したものだった。奇病の原因は未解決のまま。世間から隠ぺいされているこの「藻池村事件」のなぞを軸に物語は展開する。
 主人公の弦は高校生。出島に行った生徒たちは級友だ。父が国防隊の元陸将、兄が国防大学生という軍人の家系に生まれ育った。帰郷した兄と街へ出た弦は、停学中の友人が警察官に射殺されるのを目撃する。街頭での募金活動が射殺の理由だった。弦は級友の死に憤り、家を出て小さな出版社で働くことになったが、そこの社長が隠れ藻池村出身者≠ナあったことから事件の秘密を探るようになり、憲兵隊に逮捕される。
 一方、アメリカ軍による中性子爆弾の使用で、インドシナ戦争が混迷を深めていく中、日本政府は「国連協力法」を成立させ、「国際平和と安全のため」をうたい文句に、国防隊をカンボジアに派兵する。
 集会活動の禁止、反戦デモに対する警察の発砲、そして「国際協力」という名の海外派兵など軍靴響くこの作品世界は、あり得た、また今でもあり得る戦後のもう一つの日本の姿なのだ。弦の運命やいかに。事件の真相は?
 発表されてから三十年もたつとは思えない問題作だ。だが貸本店開業以来、この約十年間での貸し出し実績はたった七回。シリアスものなので、貸本としては敬遠されているが、中学校の歴史教科書が改悪されるという情けない時代だからこそなお、戦争を知らない世代に是非読んでもらいたい作品だ。
             (マンガ専門貸本店「夢の屋」店主)
(店主注:現在は「ちくま文庫」(全2)で読めます。)

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