道新マンガコラム

夢の木の下で諸星大二郎作

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(2000年9月22日付け道新夕刊)第5回目 漫壇 ただ今貸出中
夢の木の下で諸星大二郎作   壁の向こうは・・・揺らぐ共生  (マガジンハウス)

 開業してから十年目に入った貸本屋業だが、壁にぶちあたったようで、一九九七年をピークに毎年減収が続いている。その最大の原因は不景気で、なじみ客の来店回数は減り、その上借りる本を厳選するようになった。また、三分の一を占めていた大学生の新規入会も激減している。
 この減収をカバーするため、インターネット通販でマンガの蔵書を手放す羽目になったが、それでも、この壁を打開する抜本的方策を見つけられずにいる。
 今回は、よって「壁」にまつわる作品を取り上げる。
 高い絶壁に挟まれた谷のような土地・ツーライ、そこの住人にとってその谷は「世界」の全てであり、絶壁は「世界の果て」を意味する。彼らには「壁を越える」ということすら考えつかない。彼らは一人が一本のモボクという木を持ち、モボクにエサを与え、その樹液の毒を抜いて食用にするという共生生活を送っている。毎夜の儀式として彼らは毒抜きをしていない樹液を少量飲み、モボクの中で眠りにつく。人はモボクの、モボクは人の見るはずだった夢を交換し合うことで、一対一の強固な共生関係を成立させている―。こんな奇妙で妖(あや)しげな世界を描いた短編が「夢の木の下で」だ。
 ヒロインのムーラはある日、男が壁を降りてくるのを目撃する。あるはずのない壁の向こうから、人がやって来たのだ。男と話すことで壁の向こうのことを知ったムーラ。彼女とモボクとの共生関係は少しずつギクシャクし始める…。
 安部公房の小説「砂の女」を思い出させたこの作品は、九八年に発行されたマンガのベストワンだと思う。諸星は長編「西遊妖猿伝」(潮出版社)で本年の手塚治虫文化賞(マンガ大賞)を受賞しており、その世界に魅せられたマニアックなファンがついている。さあ、あなたも妖しいタッチで語られる諸星ワールドを旅してみませんか。
 さて、「夢の屋」の壁は果たして越えられるのだろうか。客足がガクンと落ちる冬場が近づくと、無事雪解けの春を迎えられるだろうかと心配するのが、ここ毎年のこととなった。
                    (マンガ専門貸本店「夢の屋」店主)

「夢の木の下で」(マガジンハウス) MAG COMICS全1

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