道新マンガコラム

月夢」(『妖女伝説』収録)星野之宣作

次回は、楳図かずおさんの絶版作品集『イアラ』を取り上げる予定です。

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(2001年3月16日付け道新夕刊)第11回目 漫壇 ただ今貸出中
月夢星野之宣作   映画のように時の流れ描く
 先日、星野作品が並ぶ本棚の前にSFものが好きだという女性が立ち止まった。尋ねると、まだ一度も読んだことがないと。「そんな、そりぁSFファンのもぐりだよ。」と思わず心の中で叫んでいた。そこで普段より冗舌になって、「妖女伝説」などをお薦めしたら、ち密なタッチも気に入ったようで何冊も借りてくれた。以来、その女性はすっかり星野作品にハマっている。見知らぬマンガ家・作品に出会って喜んでもらえると、不景気はともかく、貸本屋冥利(みょうり)に尽きるというものだ。
 私にとって「星野之宣」という名を心にしっかり刻まされた作品が、この「妖女伝説」シリーズのひとつとして描かれた「月夢」だ。
 物語は月着陸船が月面に降り立ったところから始まる。同乗者の一人はドクター・サカキと呼ばれる日本人だ。月面に降り立ったサカキは何かを目指すかのように突如走り出す。彼を追う同乗者。ここで画面は変わって、同時刻、ある村里の奥。雑誌の編集者とカメラマンが、八百年も生きている八百比丘尼≠ニ村でうわさされている尼さんを取材にやって来る。この尼さんが物語の主人公だ。
 取材に対し、尼さんは遠い昔のことを思い出しながら語り始める。鎌倉の追っ手から行者姿で落ちのびていった一行の話。堺の港から南蛮に渡って行った夫の話。養女さよが官軍に追われる若侍とかけ落ちした話。空襲警報が鳴り響く中で、年老いたさよとすれ違った苦い思い出。尼さんの心をよぎる想いは「すべてはまぼろし すべては夢…」。
 ここで画面は月面に戻って、逃げるサカキ。「ようやく月にやってきたのだ…。おまえはどこにいる!?」。サカキはいったいだれを追いかけて月までやってきたのか。尼さんはなぜ八百年も生き続けてきたかのように思い出を語れるのだろうか。 映画のような構成で、時の流れの儚(はかな)さを描いた密度濃い三十四ページだ。
 「SFものはちょっと」と毛嫌いしている人も、未読だというもぐり≠フSFファンも、是非一度味わって欲しい星野作品のひとつが「妖女伝説」シリーズだ。さて、星野の最新作「コドク・エクスペリメント」は、宇宙最強の生物兵器を創(つく)る実験を描いた活劇だ。もうすぐ発売になるこちらの完結巻も待ち遠しい。
                  (マンガ専門貸本店「夢の屋」店主)
「妖女伝説」(集英社) ジャンプスーパーエース(A5判)全2(「月夢」は第2巻に収録)
「コドク・エクスペリメント」(ソニー・マガジンズ) バズコミックス デラックス(A5判)全3
星野之宣さんからいただいた色紙(画像)

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