「犬を飼う」谷口ジロー作 皮膚で感じる生命と死
貸本屋稼業も丸十年たったが、新規のお客さんが激減のどん底状態だ。だから逆に、今一番脂がのっているマンガ家はだれだろうかと考えてみた。やはりこの人、谷口ジローだ。アクションものから人情ものまで分野にこだわらず何でも描き、その表現力はますます研ぎ澄まされている。作品に一貫して流れているのは、生に対する厳しいが優しいまなざしだ。
ペットとの別れを描いたこの作品は、飼い主夫婦が十四歳の老犬・タムを自家用車に乗せて、久しぶりに遠くの河原に来たところから始まる。老いて歩く姿もよろよろで危なっかしいタムだが、そのはしゃぎように二人はタムが元気だったころに思いをはせる。
昼、夕方そして夜、夫婦交替でタムを散歩に連れ出すのが日課だ。足腰が弱っているので、後ろ足を満足に上げられずに、小便を前足にひっかけたりもするが、家では排せつをせずに外へ出るまで我慢しているため、欠かせない散歩なのだ。
そんなタムに自力で立ち上がれない日がやってきた。夫はタムの前足にかかる体重を軽くするための補助道具を買ってきて散歩に連れ出す。足をひきずるためつめが割れ、妻は皮で足カバーを作る。ついにタムは生まれて初めて寝床に排せつ物を垂れ流してしまう。寝たきり状態になっていくタム。床ずれもできる。けいれんの発作も襲う。獣医の治療でおさまるが、じっと見守るしかない夫婦。やがて点滴が施されるが、それもダメで、はずすことに。「それからさらに一週間、タムは生きた…」。
描写力のある谷口の手にかかると犬の衰えていく筋肉と生きようとする気力が、夫婦の心の痛み・悲しみが、切々と読者に迫ってくる。十年以上も前の作品なのだが、今読み返すと、五年前の老いた母の入院と死が奇妙に重なってしまう。
最近やけに若い人による殺傷事件や理由の不明な自殺が目立つが、生命(いのち)に対する当たり前の感覚がなぜかおかしくなっているからだろうか。
是非お子さんと会話をしながら一緒にページをめくり、生命と死を皮膚で感じとって欲しい作品だ。
(マンガ専門貸本店「夢の屋」店主)
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